羽村市、福生市、新島に続き、東京都の観光PR事業「tokyo reporter 島旅&山旅」からお声がけ頂き、伊豆諸島の最南端「青ヶ島」を訪れています。酒好きには島の焼酎「青酎」のふるさととして馴染みがありますし、圧倒的な星空が見られる、天然のプラネタリウムとしても人気の島だと聞きました。
「青ヶ島」はカルデラの島で、島の周囲は断崖絶壁。まるで城塞のようですが、島の歴史、島の美味いものと酒、島の人情に触れられたらと思っています。人口は約170人の、日本で最も小さい村でもあるそうです。
「青ヶ島」へのアクセス・行き方
「青ヶ島」へのアクセスには2種類の方法があります。一つ目は八丈島から船で訪れる方法です(八丈島へは船で約11時間、飛行機なら羽田空港から約50分です)。八丈島からは「あおがしま丸」で約2時間半です(2,550円)。
もう一つの方法が、八丈島からヘリコプター「東京愛らんどシャトル」で訪れる方法があります。こちらはわずか約20分です。もちろん料金は船よりかかりますが(11,530円)、空港でそのまま乗継できますし、時間を有効に使えるのが、ヘリコプターでしょう。
「青ヶ島」へ飛行機とヘリコプターで渡る
今回は羽田空港から飛行機、八丈島からヘリコプターを利用して「青ヶ島」に渡りました。その様子をレポートします。
羽田空港から八丈島へは、ANAを利用しました。フライトは7時35分で、浦和を5時に出発しました。
ゲート701からは、バスで飛行機の側まで移動します。
もっと小さい飛行機を想像していたのですが、思っていたより大きな飛行機でした。
機材はB737-800です。フライトは約50分ですので、上空に上がったらもう降下、という感じでした。あっという間です。
乗客も8割がた乗っている感じでした。その多くの目的地は八丈島です。
続いてヘリコプターです。
八丈島ではロビーに出て、飛行機からヘリコプターに乗り継ぎます。「東京愛らんどシャトル(ヘリコプター)」の受付は、ロビーの隅にあります。
1人あたりの手荷物は5kgまで、1kg超過するごとに230円ずつ課金されていきます。自分の体重の申告もあるのは、新島で小型の飛行機に乗った時と同じです。
搭乗口は飛行機と同じです。
階段を降り、ヘリコプターに向かいます。
想像していたヘリコプターよりも、やや大きめの機体でした。ヘリコプターに乗るのは初めてで、昔、セスナが揺れて死ぬような思いをしたので小型の機体は怖かったのですが、風もなく揺れず、スムーズに約20分の飛行を終えました。
15分もすれば、断崖絶壁の「青ヶ島」が見えてきます。
ヘリポートに到着すると、警察官が現場を取り仕切っていました。次に乗って帰る人たちがおり、ヘリコプターはすぐに八丈島に向けて飛び去っていきました。
「青ヶ島」について
青ヶ島について | 青ヶ島村ホームページでは、島の成り立ちに関して次のように説明されています。
黒潮のまんなかにぽつりと浮かぶこの島が、いつあらわれ人が住むようになったのか、はっきりしたことは分からない。けれども、青ヶ島の歴史はこの黒潮とともに流れてきたといってもいいでしょう。はじめてこの島に住んだ人は、きっと黒潮に運ばれてきたに違いないのです。
青ヶ島がはじめて歴史上に登場するのは15世紀に入ってから。しかし、その内容は船の遭難などの海難事故の記録ばかり。当時の海上交通がいかに困難であったかをしのばせます。
青ヶ島 – Wikipediaによると「青ヶ島」は伊豆諸島の有人島としては最南端に位置します。周囲約9kmの火山島で、カルデラの中にカルデラがある二重式カルデラ火山があります。人口は170人ですが、住所は全て「青ヶ島村無番地」となっています。
いわゆる天明の大噴火は5月末まで続いたとされる。このとき、島民327人のうち八丈島への避難が間に合わなかった130-140人が死亡したと考えられており、文政7年(1824年)に名主の佐々木次郎太夫らが還住(全島帰還)を果たすまでの約40年間無人島になる。
次の記事は「大凸部(おおとんぶ)」423m、青ヶ島で最も標高の高い展望台から二重カルデラを臨むです。
【●】青ヶ島の旅行は【青ヶ島旅行】アクセス(ヘリ)・焼酎(青酎)・民宿・旅費についてという記事でまとめていますのでご覧ください!
「tokyo reporter 島旅&山旅」について
東京都の観光PR事業から招待頂き、東京都青ヶ島の取材をしています。