芸能レポーターの草分け的存在だった梨元勝氏(@nashimotomasaru)が、肺がんで亡くなりました。65歳でした。
梨元勝さん死去 肺がんで…65歳という記事より。
芸能リポーターの先駆け的存在だった梨元勝(なしもと・まさる)さんが21日午前5時19分、肺がんのため東京都内の病院で死去した。65歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで行い、後日お別れの会を開く。喪主は妻玲子(れいこ)さん。
芸能レポーターというと、梨元勝氏のことを思い出しますね。子どもの頃からずっと見てましたし。まだ65歳ですからね、残念です。
76年、女性誌記者から、テレビ朝日系の「アフタヌーンショー」のリポーターに転身。マイクを手に「恐縮です!」と言いながら直撃取材するスタイルが人気となり、ワイドショーで芸能ニュースを追う「芸能リポーター」というジャンルの先駆けとなった。
芸能レポーターというジャンルも、ここ30年くらいの話なのですね。元女性誌記者だったというのは知りませんでした。
梨元勝氏はツイッターもやっていたのですが、最後のツイートは8月17日23時39分でした。
こんばんは、なかなか寝付けません。しばらくテレビ見ます。一人でトイレ行けないのが辛いです。いつも応援メール本当にありがとう!励まされます。頑張りまーす!
「朝から咳と呼吸困難になってしまって、いやー大変でした。初めての状況、、、頑張ります」など、かなり辛い状況ではあったようです。
肺がんは末期、呼吸困難になって水の中に顔を付けているような状態になると聞いたことがあるので、相当辛かったと思います。
「これまで闘病中の芸能人を取材するときは『生き方を伝えることが同じ病を持つ人への励みになる』と考えてきた。恐縮ですが、私も治療をオープンにしていきたいと思っています」という考えのもと、ツイッターなどで情報発信を行っていたそうです。
同じく芸能リポーターの前田忠明氏は「とくダネ!」に出演したものの、番組冒頭では絶句したまま号泣していたそうです。梨本勝氏自身は、非喫煙者でした。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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梨元さんは食道がんで闘病中のサザンオールスターズ・桑田佳祐(54)に、「ツイッターをやるといいですよ。僕は4万人以上の方にフォロー(追跡)されて励まされています」とアドバイスを送った。
関係者によると、亡くなったのは21日。死因は肺がん。6月から肺がん治療のため入院していた。近親者のみの密葬となるという。
入院中の父の仕事を私が代わりに引き受けた時、いろいろと教えてもらい、「また新しい絆ができたね」と本当に嬉しそうに言ってくれました。今まで以上に家族の絆が深まってきた矢先に、このような事になってしまい本当に悲しく、残念でなりません。
「芸能ネタをあれほど面白がっていた人はいない。愛嬌(あいきょう)たっぷりの外見や、面倒見のよさ、人懐っこさが持ち味で、取材はスッポンのようにしつこかった。“元祖”芸能リポーターといわれるようになっても、ちっとも偉ぶらなかった。芸能界の盛り上げ役がいなくなり、さみしい」。
芸能取材の自主規制を批判するなどの発言でも知られた。近年テレビの出演番組は減ったが、携帯電話サイト「梨元 芸能! 裏チャンネル」を開設するなど、新しいメディアにも対応して情報発信を継続した。
1976年、女性誌記者から、テレビ朝日系の「アフタヌーンショー」のリポーターに転身。マイクを手に「恐縮です!」と言いながら芸能人に直撃取材するスタイルが人気となり、ワイドショーで芸能ニュースを追う「芸能リポーター」というジャンルを確立した。80年からフリーに。テレビやラジオ、雑誌など幅広く活躍した。2000年から4年間、函館大の客員教授を務めた。
エピソードとは、梨元勝さんが以前、萩原さんと対談した際、梨元さんの妻の手を握り「いや、萩原です。初めまして。是非今度、我が家に食事に来てください。美味しいのを作ります。来てください」と萩原さんが言い、梨元さんの妻がショーケンに惹きつけられてしまったという。
最後に会ったのは今年6月、ある番組の収録ででした。最初のあいさつのとき少し咳き込んだのですが、あとは「あー、どうも、どうも」と元気がよかった。「ガンで闘う芸能人を取材することで、同じ病を持つ人を励ますことができる。自分もすべてを明らかにする」と言っていた。