兵庫県神戸市の製菓会社ユーハイムが開発するバウムクーヘン専用のAIオーブン「THEO(テオ) 2.0」が2023年10月11日に発表されました。バージョン2.0になることでクラウドに接続し、世界中どこでも、色々な職人の焼き方を再現することができるようになるというものです。
今回、神戸のユーハイム本社で行われた記者発表会に参加し、河本英雄社長の話を聞いてきました。「AIは職人の弟子である」「AIに教えることで職人も成長した」といった話とともに、レシピの“著作権”のようなものができるのではないかといった話など、とても興味深い話を聞くことがきました。
※取材にあたりユーハイム社から旅費の提供を受けています。
注目を集めるAIと人との関係は
ChatGPTの登場とともに、AIがより身近なものとして感じられるようになりました。誰もがウェブサイトから使うことができ、仕事の効率化やプログラミングなど、もう手放せないという人も少なくないことでしょう。
このままAIが進化していくと、世界はどうなるのだろうか? 人間の仕事が奪われるだけなのだろうか? など、AIは身近になったけど、それだけに不安を覚える人もいるはずです。
「THEO 2.0」が全てのAIを代表するものではなく、あくまでもAI活用の1つですが「テオくん」と呼んで愛着を持つ河本社長の話や、レシピデータの開発に協力した職人さんとの関係など、AIと人の関係を考える上でのヒントとなる、示唆に富んだお話を聞くことができたと思います。
記者発表会の様子を文字起こし的にお伝えします。AIについて考えるときの、1つの補助線になれば幸いです。
ユーハイム河本社長の話
南アフリカのスラム街に行き、そこの子どもたちにバウムクーヘンを食べさせてあげるという約束をきっかけに開発がスタート。地球の裏にバウムクーヘンを届けたい、どうやって届けるか、そこで考えだしたのがテオ。
テオはAIと親和性が高かった。ベテランの職人と開発したが、50年の腕を持つ職人が「自分の焼いたバウムクーヘンと遜色ない」と認めた。
テオは何が優れているか? 生産性を高めることは職人に敵わない。小型化された機械なので工場では使えない。そんなテオが人間の職人より優れていることが1つだけある。
テオはカメラが搭載されており、画像で焼き具合を判断するが、学習能力が人間より早い。バウムクーヘンは焼くのが難しく、職人のトレーニングは機械を動かすだけで3週間、熟練した職人と同じバウムクーヘンを焼くには数年かかる。さらに自分のバウムクーヘンを作り出そうと思うと数十年かかる。テオはベテラン職人の技術を3日くらいで学ぶ。
工場では使えない。テオはどこで使えるんだろうか? そう考えていたときに、ある和菓子屋さんから「バウムクーヘンを作りたい」という依頼がきた。コロナで職人さんがやめてしまいこのままでは店を続けられないという。社内では「開発に時間をかけてノウハウがつまっているからそんなのはダメだ」と反対があった。
AIに感情があるかどうかはよく分からないが、学習を進めて技術を覚えていくうちに愛着を感じるようになった。
実際に職人がテオを使って焼いていくデータを作っていくなかで、職人自身が様々な工夫をすることで、完成していたと思っていた自分の技術をさらに磨きあげ、結果、もっと美味しいバウムクーヘンが作れるようになった。お菓子を作っていく中で、ぼくらは、テオというのは、AIは職人の弟子になっているのだという関係性に気づいた。
困っているお菓子屋さんがいるのであれば、お金儲けよりも、工場の生産性よりも、困っている人たちを助けるということをやらせたほうが、AIにとってもいいんじゃないかと考えた。
結果、街のお菓子屋さんに寄与した。職人さんたちからも仲間ととして受け入れられた。子どもたちからテオくんと呼ばれるようになって1台目がデビューした。
開発のきっかけは地球の裏側の子どもたちに届けたいだったが、お金儲けより人助けにAIの可能性があるのでは、ということが分かった。
「テオ 2.0」で何が変わるか。クラウドに繋がる。これまではスタンドアローンで、職人の技術を学習していたが、クラウドに繋がると何が起こるか? インターネットにモノが繋がると、みんなのモノになる。テオが繋がることでデータがみんなのものになる。
しかし、職人さんの技術・レシピがみんなのものになるといったときに、菓子業界では職人がそれ(テオ)を使いたくないということが起きる。
そもそもなんで職人さんはレシピを共有しないのか? 修行した結果、自分で編み出したレシピを公開すれば、他の職人に真似されてしまう。それだったら教えない、みんな隠し合っている。
お菓子には世界を平和にする力であるのであれば、お菓子屋はもっと仲良くなる必要があるのでは? 1人では、1社では世界を平和にすることはできないかもしれない。でも、世界中の職人がつながれば、世界のお菓子やさんが1つにつながれば、お菓子には世界を平和にする力があるかもしれない
だとすれば必要なことは、お菓子屋を仲良くする、それがテオの宿命なのではないか。
折しもクラウドに繋がる。クラウドに繋がってみんなのものになったときに世界が大きく変わる。ではどう変えるのか? 変わっていくようにするのか? お菓子屋さんが仲良くなるのに必要なものは? お菓子のレシピを、あるいはお菓子の技術の著作権が必要になる。
クラウドにあがった時点でどうやってみんなのものにするのか
テオの特技は職人のレシピと技術をデータ化すること。データ化したものがクラウドにあれば、職人のレシピは全国40台のテオが共有することができる。そのレシピを作った人には、その一部をロイヤリティとして還元するという、レシピの著作権のようなものができるのではないか。
何が起きるか? レシピを隠していたのが公開するようになるのではないか。それによって、菓子職人が音楽の世界のようにアーティストになるのではないか。菓子職人のあり方が変わる。
データを共有して誰もが使えるようになることで、今までお菓子を作ったことがなかった人もお菓子屋さんになれる。一例として、宮崎県の鶏卵農家にテオがある。出荷できない玉子がフードロスになっている。テオがあればバウムクーヘンを作り、フードロスを減らすことができる。農家ときどき職人。
誰もがお菓子屋さんになれる時代がくるかもしれない。インターネットに繋がることで世界が変わる可能性がある。それがクラウドに繋がること。お菓子屋の世界を変えて、お菓子が持つ世界ょ平和にする力を「テオ 2.0」は実現していくという姿を想像している。
質疑応答から(河本社長の話)
外部の職人たちともデータを作ることは始まっている。もともとテオの開発はベテラン職人の杉浦、横山と3人ではじめた。レシピのデータバンクができるときは、第1号のマザーデータである杉浦職人のデータになる予定。
職人によって焼き方によって味は違う。それぞれこだわりがある。そのこだわりが再現されるので、バウムクーヘンの食べ比べも、どこでもだれでもいつでもできるようになる予定。
正直、ビジネスモデルはまだ作り上げていない。いきなりビジネスではないほうがいいのではないかと開発を通して考えた。
現時点でAIが作ったバウムクーヘンとベテランの職人が作ったバウムクーヘンとどちらが食べたいか? ベテランという人がほとんど。それはなぜですか? という話が1つある。
開発してきた人間の答えとしては、できるものは一緒。しかし、AIより人間のほうがいいと思われている。AIのバウムクーヘンを食べたいと言ってもらえるには、もっともっと人間に役立つことをしていく必要がある。その期間がないとAIのものが食べたいと言ってもらえない。
AIの市民権というような形で、人間と同じようになるように、役立つことを先にやっていくべきではないか。今は社会的な課題があるところに、金儲けより人助けを優先してテオを届けたい。
テオくんと職人の関係性から考えたこと
テオくんと職人の話を聞いて、思い出した物語が1つありました。ぼくが好きな山田胡瓜先生の「AIの遺電子」というマンガ作品です。人間やヒューマノイド、ロボットが当たり前のように暮らす世界で、人間とは何か、AIとは何かを考えさせられる作品となっています。
例えば、ヒューマノイドのAI(物語では電脳と呼ばれる)がコピーされた場合、その人はその人なのだろうかと、考えさせられるわけです。ウイルスで人格が崩壊した母親が、バックアップで1ヶ月前に戻ったとして、それは同じ母親と呼べる存在なのだろうか?
今夏「AIの遺電子」はアニメ化されまして、まさに第6話「ロボット」に、AIと職人の話が出てきました。
今やAIは、驚くべき学習速度で人間をあっという間に追い抜くことが珍しくない。伝統工芸の技を記録するため、山の鍛冶屋に弟子入りしたロボット・覚える君と、人とのコミュニケーションを学ぶために小学校に入学したロボット・パーマ君。彼らの目覚ましい成長が、人の心にもたらすものとは。
Amazonプライムビデオでも観られますので、ぜひテオくんと職人さんの話を念頭に観て頂きたいのですが、短時間で職人に追いつき超えていくロボット(AI)に対して、人は何を思うのか。
AIはただのAIなのか、それとも人格や感情を持つのでしょうか。これは河本社長が「愛着を持った」と語ったように、もしかすると姿や形ではなく、どれだけ接触したのか、どれだけコミュニケーションをしたか、ということなのかもしれません。
浦沢直樹作品の「PLUTO」も、折しもNetflixでアニメ化され配信しています。主人公のアトムが、アイスを食べて美味しい“ふり”をするシーンがあります。すっかり見た目が人間と同じになっても、演算が速くても、どうしてもAIには超えられない壁は存在し続けるかもしれません。
ただ、お互いにお互いを認めあって、共存していく未来がやってきたらいいなぁ‥‥なんていうことを、テオくんと職人さんの話を聞いて、考えていましたし、そういうはじまりのようなものが、既に現在のAIと人との関係においても始まっているんだということに感動を覚えました。
まずはAIは人助けに、社会貢献に、という河本社長の思いは、地球の裏側へも届くことでしょう。