ハッスル制作委員会@321hustlehustleが、元プロレスラーのラッシャー木村が死去したことをつぶやいています。68歳でした。
まだ、スポーツ新聞などのサイトには情報が出ていません
ラッシャー木村 – Wikipediaによると、2004年に「プロレスリング・ノア東京ドーム大会にて自ら引退を発表」となっていました。
ジャイアント馬場に向かって、しわがれた声で「兄貴ー」と呼びかけていたのが、思い出されます。心よりご冥福をお祈りいたします。
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相撲時代から50年以上の付き合いだった永源遥相談役(64)は「昭和41年10月21日に蔵前国技館の東京プロレスの旗揚げ戦で、木村さん相手にデビューした。この業界にいられるのも木村さんが誘ってくれたから。最後の10年はマイクで『おう、永源』って呼び掛けられた。思い出すと涙が出る」と振り返った。
24日早朝、腎不全による誤嚥性肺炎で帰らぬ人となった。04年7月の現役引退発表後も故三沢光晴前ノア社長の意向で、同団体専属として残留。09年6月の三沢さんの葬儀に車いすで参列したのが、最後に公の場の姿となった。
「(第一報は)夕方でしたね。何十年も会ってなかったが、1週間前、夢に出てきた。具合が悪いって聞いていたので時間があったらお見舞いに行こうと思っていた。安らかにお休みください」